Stevie Ray VaughanのBackground
Birthday
1954年10月3日(1990年8月27日35歳没)
Birthplace
アメリカ テキサス州ダラス
Memo
【Guitar】フェンダー ストラトキャスター
【身長】165㎝
Career
- 1970年(16歳):初のスタジオ録音、翌年「ブラック・バード」を結成し高校を中退、オースティンへ
- 1975年(19歳):トリプル・スレット・レヴューを結成、ローカルミュージシャンとして活動
- 1978年(22歳):メンバー脱退後のバンド名を「ダブル・トラブル」に改名
- 1982年(26歳):モントルー・ジャズ・フェスティバルに出演(デヴィッド・ボウイ、ジャクソン・ブラウンの目に留まる)
- 1983年(27歳):デヴィッド・ボウイ「レッツ・ダンス」に参加
- 1983年(27歳):「スティーヴィー・レイ・ヴォーン&ダブル・トラブル」名義で「Texas Flood(ブルースの洪水)」を発表。50万枚を売り上げゴールド・ディスク獲得
- 1985年(29歳):初来日、その後麻薬中毒に
- 1989年(34歳):4作目「In Step」を発表。グラミー賞(Best Contemporary Blues Recording)を受賞
- 1990年(35歳):ウィスコンシン州のブルース・フェスティバルに出演。エリック・クラプトン、バディ・ガイらと共演後、シカゴ行きのヘリコプターに乗り込む。濃霧で視界を失ったヘリコプターが墜落、帰らぬ人となった。(エリック・クラプトンのボディガードを含む乗員全員死去)
- 2000年(死後10年):ブルースの殿堂入り
Stevie Ray Vaughanで3曲選ぶなら…
Little Wing(Jimi Hendrix)
Texas Flood(Larry Davis)
Scuttle Buttin’
Stevie Ray Vaughanの思い出
スティーヴィー・レイ・ヴォーンを知ったのは高校生の頃。僕がエレキギターを弾くようになって、ロックやハードロックを好んで聞くようになったのを見ていた母親が、テレビショッピングかなんかで見た「Guitar Heros」という名前のオムニバスCDを買ってくれた。そのCDがまた渋くて、ジェフ・ベックやマディ・ウォーターズ、サンタナやオールマンブラザーズバンド、フリートウッド・マックなんかが入っていて、スティーヴィー・レイ・ヴォーンからは2曲「Texas Flood」と「Little Wing」が入っていた。「Texas Flood」を初めて聞いたときは「なんでこの人はソロで同じフレーズばかり弾くんだろう?」と疑問に思った(今ではそのフレーズが最高にブルージーであることが理解できるが、当時はそれがわからなかった)。スティーヴィー・レイ・ヴォーンの出世作でありエレクトリック・ブルースの代表曲である「Texas Flood」は、残念ながら15歳の僕の心には刺さらなかった。
しかし「Little Wing」は違った。これまでに聞いたことのあるどのような音楽ともそれは違って聞こえた。レイ・ヴォーンの乾燥したサウンドが、悲しく、優しく、力強く、僕の心に響いた。地平線の向こうに沈む夕日と、オレンジ色に染まるテキサスの大地が目の前に広がるようだった。
なんだこの曲は!!
こんなギターインストがあるなんて!
僕はその日以来、スティーヴィー・レイ・ヴォーンのブルースギターの虜になった。Ultimate GuitarというサイトでLittle Wingのtabを見つけて、印刷して毎日練習した。そしてLittle wingがジミヘンのカヴァー曲であることを知り、カヴァーでありながら原曲から大きくかけ離れたレイ・ヴォーンの表現力に驚愕した。そして彼が既にこの世にいないことを残念に思った。近所のCDショップで輸入品のベストアルバム(1,000円)を見つけて購入し、ギターマガジンに載っていたRude moodを覚えて毎日弾いた。Youtubeでライブ映像を見て、彼のエモーショナルなプレイに興奮して眠れなくなってしまう夜もあった。
当時僕の周りでスティーヴィー・レイ・ヴォーンを聞く高校生なんて一人もいなかった。僕はバスケ部の連中にレイ・ヴォーンのヤバさを熱く語ったが、誰もブルースなんて聞こうとしなかった。大学に入っても、一緒にレイ・ヴォーンをやろうという人は現れなかった。未だに僕はステージでレイ・ヴォーンをやれたことがない。いつか死ぬまでに、人前でLittle Wingがプレイできたら気持ちがいいだろうなと思う今日この頃。
大学4年の時に、レイ・ヴォーンのギターに憧れて1万円のストラトをカスタム(というより工作)したことがある。三日三晩ほどかけて彫刻刀でボディーを削り、やすりをかけ、明るすぎる木目にペンキを染み込ませ、黒のピックガードを買ってきて、ラッカースプレーで「SRV」の文字を入れた。ヘッドの付け根にライターで焦げ目を入れ(タバコの焦げ目だ)、背面のカバーを外してばねを2本追加する。なかなかよくできていたと思うが、今では僕の手の届かない場所に保管されている(はず)。これでよくScuttle Buttin’を弾いた。懐かしい思い出。
Little wing はライブやアルバムでカヴァーするアーティストも多く、ギタープレイヤーにとってのスタンダードとなっている。(スティーブ・ルカサーやカーク・ハメット、G3などでカヴァーされている)
昔タモリ倶楽部で「楽器やのギター試奏ランキング」をやっていたが、Can’t StopやSmelsを抑えてLittle Wingが1位だったことに驚いた(Room335が2位だったことにもかなりの驚いた)。僕の周りで聞いてる人がいないだけで、やっぱりLittle Wingは名曲なのだ(Room335も)。その際のランキングは以下の通り。
- 1位 Little Wing / JIMI HENDRIX
- 2位 Room 335 / LARRY CARLTON
- 3位 Layla / ERIC CLAPTON
- 4位 Can’t Stop / RED HOT CHILI PEPPERS
- 5位 Smells Like Teen Spirit / NIRVANA
思い出と言えば、大学一年の時にニューヨークに短期留学に行ったことがある。一緒に留学に行ったメンバーの先輩と雑談をしていて、先輩がテキサスに留学したことがあるという話になった。僕が「テキサスっていいですよね。ジミヘンとかスティーヴィー・レイ・ヴォーンとか有名なミュージシャンがいっぱいて」と言うと、担任だった現地の女性教員(僕には50代に見えた)が急に話に入ってきた。「スティーヴィー・レイ・ヴォーンっていいミュージシャンだったよ。残念な無くなり方をしたけどね…、私は大好きだったよ」と彼女は言った。僕は何の変哲もない50代のおばちゃんがスティーヴィー・レイ・ヴォーンを知っているということにまず驚いた。感動した僕が実家に帰った時に両親にその話をすると「日本人のお年寄りが演歌を聞くようにアメリカ人のお年寄りはジャズやブルースを聞くからね」と言われて、すごいカルチャーショックを覚えた。(日本人のホームレスがワンカップ片手に徘徊するのと同じように、フランス人のホームレスがワインボトル片手に徘徊しているのを見たときもそれと同じカルチャーショックを覚えた)
コメント